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故塩次伸二さんがこよなく愛した、京都市山科区の蕎麦屋さん
「萬壽亭 橘」が存亡の危機に瀕しているそうです。 以下、お女将さんからその話を聞いたイラストレーター&グラフィックデザイナーの小野寺朝ちゃんのお願いとチラシを付けて おきますので、ブルース好きで人材等にお心当たりのある方々、どうぞよろしくお願い致します。 968拝 P.S. 京都の食べ歩き好きな方のプログに、「橘」の詳細なレポートが出ています。 伸ちゃんがしょっちゅう通ってたってのが良く分かるような気がします。 ![]() 【以下、asaちゃんのお願いの転載です。】 京都山科にある、室町時代の武家屋敷を改装した風情のあるお蕎麦屋さん「橘」が従業員不足と経営悪化で近々店を閉めるかもしれないという危機に ※チラシと、ここで伸ちゃんがライブを行った動画も掲載しておきます。 ![]() ![]() Photo By Kenji Oda 私の大切なバディでもあり、我らが世界に誇るスーパー・ブルース・ギタリスト、菊田俊介のジャパン・ツァー2009が始まった。 このブログでのアナウンスは、やや遅きに失した感もあるが、ご覧になったブルース・ファンの 方々には、ぜひ最寄りの会場に足を運んでもらいたい。 ブルースの本場シカゴでの素晴らしいギグにその身を委ねて頂きたい。 以下、全国16ケ所にも及ぶスケジュールを掲載しておくが、 さらに、このツァーのための特設と言うことで、拙WEBを作らせてもらった。 より詳しい内容は、こちらをご参照願いたい。 2月15日(日)札幌MOTOWN CLUB TEMPS
塩次伸二氏が、10月19日に虚血性心不全により、他界してから、
はや1ケ月を過ぎた。 僕にしてみたら、二十歳代から、いっつも伸ちゃんと呼ばせてもらって、憧れでもあり、ウエスト・ロード・ブルースバンドのギターの要でもあったブルースマンだ。 まだ57歳という若さだった。 日本においては、ブルース・ギター・マスターと呼ばれ、誰もそれを否定しないぐらい素晴らしいギタリストであった。 変幻自在の音色もさることながら、ギターを通じてブルースに命を吹き込む事のできる数少ないギタリストであったと言っても過言ではないだろう。 ライブで会うと、いつもきさくに声をかけてくれて、人なつっこく優しい眼差しで、色々と話してくれていたのが印象的だった。 ![]() 『伸ちゃん、きょうもハジけるようなパッキン・パッキンしたギター聴かせてよね!』と言うと、 『パッキンかい?』と、ややはにかみながら、優しい眼をしてステージに立っていた。 唯一、大阪のビートルズと言うお店で、伸ちゃんのアコースティック・ギターを聴いたことがある。 やはり、アコギを弾かせても一流だったのを覚えている。 ![]() 今年の9月13日に、西宮は苦楽園のフラワーズと言うお店でのアコギでのライブがあったのだが、僕自身体調を崩していて、行けなかったのが、今となってはとても残念でならない。 伸ちゃん、今年アルバム2枚をリリースしたところだったのに、逝ってしまったんやね。 もう、伸ちゃんのSEを踏み込む姿も、もう見られないんだね。 ![]() 遠くへ行ってしまった伸ちゃんだけど、みんなの心の中にはいつまでも、貴方のサウンドと人柄はしっかりと焼き付けられているからね。 天国でも、思う存分ギターをプレイしていて欲しい。。。 先だって、何度もこのブログでも書いたが、B.B.KINGのブルース・ミュージアムの事を書いたが、めでたく9月13日にオープンしたとのこと。しかし、このオフィシャル・サイトを見てみてもその時の模様がなかなか分からなかったので、検索してみたら、色々とフリーランスのカメラマンが撮った写真があったので、アップしておこうと思う。【建設中その1】 立て看板には、ジョージ・ブッシュの名前も書かれていた。 ![]() 【建設中その2】 だんだん出来上がっているところのようだ。 ![]() 【オープンに当たってB.B.が話しているところ】 ![]() 【オープン後の内部その1】 入ってすぐの所らしいが、何か判然としない出迎え方のようだ。(笑) ![]() 【オープン後の内部その2】 若き日のB.B.の写真パネルを展示しているコーナーらしい。 ![]() 【オープン後の内部その3】 これは、ラスベガスにあるB.B.の書斎をそのまま模した部屋と言うキャプチャーが書いてあった。 ![]() 【オープン後の内部その4】 B.B.に関する絵画を集めているコーナーらしい。 ![]() もっと探してみれば、180度スクリーンに映し出されるB.B.の昔から現在までのフィルムを鑑賞できる部屋とか、ブルースの事を色々と学べる庭とかがあるのだそうだが、その辺の写真は見当たらなかった。 それにしても、寄付も含めてとはいえ、このミュージアムは、14.2ミリオンダラーと言う建設費だから、ドルで14200万ドル。円に換算して約15億円ほどにもなるのかな。それにしても、B.B.にしてみれば、生誕の地に83歳にして初めて「故郷に錦を飾った」って事になろうか。 B.B.の喜びもひとしおだろうなぁ〜。 1枚2ドルのピックを何枚投げたのだろうかと、ふいに考えてしまうちっちゃい自分がいた。(笑) ![]() ちなみに、B.B.のニックネームは、Blues Boyから来ているのは周知の事実だが、それより以前1940年代後期に、B.B.がキング・ビスケット・タイムというラジオのディスク・ジョッキーをしている頃は、"Beale Street Blues Boy" Kingと言う長ったらしいニックネームだったそうだ。 いずれにしろ、B.B.は昔も今も僕のずっと憧れているブルースマンだ。健在な内に絶対に見ておきたいというのは、貧乏人の儚い夢なのか。。。 あの顔で弾き、歌う姿を目の前で見てみたい。 昔からもそうだったように。。。 P-VINE レコーズが、8月31日でネット通販をクローズすることになったと言う。そういうメールが臨時ニュースとして飛び込んで来た。最初僕がこのレコード会社を知ったのは、『ブルース・レコード・ガイドブック』をブルース・インターアクションズと言う会社(※現在も総称名)が出しているのを聞き、電話番号を控えて直接そこに電話をかけて問い合わせた頃からだったと思う。それが何年だったかと言うのは思い出せないが。。。ただ、CDショップ巡りをしていて、良さげなブルースのCDがあるなと思って手に取ってみると、それがP-VINEというレーベルであって、コンピレーションものにしろ、発掘的なものにしろ、企画ものにしろ、とても魅力を感じたのを覚えている。ただ、P-VINEのCDは、他のと比べて確か3000円ぐらいと400〜500円と高かったので、なかなか買うことをためらった覚えがある。 そこで、中古CDショップでP-VINEのCDを良く漁ったものだ。ジョニー・ウインターやボビー・ラッシュのものでも、輸入盤にもなかったものをいち早くオリジナルとして出していたのには、本当に驚いたものだった。こんな音源どこから手に入れるのだろうかと不思議に思えたぐらいだった。 今でも、例えばCD Universeとか、Amazon USなんかでも、 P-VINEの音源をインポートものとして扱っているぐらいだし、 P-VINEの独自性と言うのは素晴らしいものだと思う。 ただ、昨今は特にAmazon.co.jpでも買えるようになって、1500円以上だと送料が無料になってしまっていて、送料のかかる本家にはカスタマーが寄り付かなくなってしまったのかなとも思う。 また、DVDなんかでも、独自製作のものは別として、デルマークが出しているリージョン・フリーのものやなんかについては、直輸入したものに日本語のリビューを付けて、お茶を濁している部分も見受けられたのは残念だ。 まぁ、今後はAmazon内にリンクして、コーナーを設けるようにしているから、そちらから買って欲しいと言うことらしい。 まぁ、まったくなくなってしまう訳ではないから、心配はないのだが、これも時代の一つの流れと言うべきか。そのメールニュースを引用しておこうと思う。 いつも、ブルース・インターアクションズ/P-Vineの商品をご愛顧頂き、ありがとうございます。 TEXAS PETE MAYES/ティーボーンに捧ぐ(PCD 2332) ![]() ※ちょっとヘタっぽいが、T-BONEスタイルのピート・メイズの動画があったので貼っておく。(苦笑)
この表題と全く同じアルバムを出したのは、2005年に渋いラスト・アルバム、Think Of Meを出してすぐ71歳でこの世を去ったリトル・ミルトンであった。
![]() このアルバムは、サザン・ソウル、メンフィス・ソウルと言う位置づけてその名を世に知らしめたSTAXレーベルから1974年に出したアルバムである。リトル・ミルトンは、スリー・コードのブルースも巧いのだが、その歌唱力の源となってるのは、やはりソウルの影が見え隠れしていると言っても過言ではないだろう。これは、彼がこの世を去るまでずっとこのスタイルを貫いたとも言えるぐらいの記念碑的なアルバムである。 この辺のブルージーでなおかつソウルフルなアルバムを多く出しているのが、マラコ・レコーズである。このマラコのサイトでブルースと言うジャンルが見受けられるが、いわゆるシカゴ・スタイルのブルースではなく、R&Bあるいは、ソウルが加味されたアルバムが多い。例えば、デニス・ラサールの"IN BED"もその内の一つである。 ![]() 1.Smokin' in Bed と言うラインアップであるが、どれもスリー・コードのブルースとは言いがたい。どちらかと言うとブルース風味のソウルといった感が強い。 あとは、僕も大好きなジョニー・テイラーもそうである。元々、70年代ソウルの流れを受け継いでいたジョニーであるが、1996年に出した"GOOD LOVE!"も、デニス・ラサールにも通じる、いわゆるマラコ・サウンドと呼んでもいいようなアルバムだ。 ![]() 1.Good Love この辺のライブは、DVDにもなっていて、ジョニーの熱いソウルフルなサウンドが堪能できる。 中でも、2曲目の"Last Two Dollers"なんかは、歌詞の中身はブルージーだが、サウンドそのものは、もうこれはソウルである。これも、You Tubeにアップされているので追加しておこう。ジョニーのほとばしるソウル・スピリッツに溢れたライブが堪能できると思う。 ![]() デルマーク・レコードと言えば、このレーベルの創始者でもあり、シカゴでも有名なJAZZ RECORD MARTの店主でもあるボブ・ケスターを忘れてはならない。ボブが着ているTシャツからも分かるように、デルマークの名を世に知らしめたのは、Jr.ウェルズの"HOO DOO MAN BLUES"と言っても過言ではないだろう。それぐらいにこのアルバムは、衝撃的であった。そのソウルフルな歌唱と奏でる泥臭いハープはリリース(1965年)から40年以上たった今でも名盤として君臨している。そのデルマーク・レコードが今年55周年を迎えると言う。また、その記念としてのCDも発売が予定されている。 55 Years of Blues ![]() 上に記したJAZZ RECORDS MARTの店員であり、今はビッグ・レーベルとなったアリゲーター・レコードの社長、ブルース・イグロアが、店員時代にボブ・ケスターに進言して世に送り出したかったハウンド・ドッグ・テイラーのレコードがボブに却下され、自らのレーベルとしてアリゲーターを立ち上げたのは有名な話である。 ![]() その辺の話は、ラジオ大阪の深夜番組としてのブルース番組で、ウエスト・ロードの永井"ホトケ"隆がDJを務めていたブルーズ・スピリッツと言う番組の中での「ブルーズ講座」に詳しく述べられているので参照していただきたい。 閑話休題。。。 デルマークは、ブルースの老舗レーベルとして色々とアルバムをリリースしてきたのであるが、最近になって、俄然元気になって素晴らしいアルバムやDVDを出し続けている。 その中でも、2005年に出したオーティス・ラッシュのライブ・アルバムが飛び抜けていい。 これは、1976年にシカゴのワイズ・フール・パブと言う所でのライブ録音の発掘ものなのであるが、同年に正式に出たハイ・トーン・レーベルからのオーティスの名盤中の名盤と言われている"Right Place,Long Time"や、同じデルマークからの"Cold In Hell"と比べても遜色ないと言うか、下手をするとこの二つを凌ぐとも言えるぐらいに素晴らしい出来のアルバムである。1976年と言うから、オーティスが42歳ぐらいだろうか、自分のオウン・バンドを率いて縦横無尽に歌い弾くオーティスのさまは、まるで水を得た魚のような素晴らしい出来映えである。未だ聴いておられない人で、オーティスのファンなら、ぜひご一聴をおすすめしたい。 All Your Love I Miss Loving: Live at the Wise Fools Pub Chicago ![]() 数年ぐらい前になるだろうか。俳優の河相我門 と小倉久寛が「青春のアメリカ音楽紀行」と言う番組で、シカゴへ行ってボブ・ケスターの自宅を訪問する場面がある動画があるので付けておく。こうして見ると、まだまだボブは色んな秘蔵音源や貴重なフィルムも持っていそうだ。 同じく、続編で河相我門 と小倉久寛がキングストン・マインズを訪れる場面のあるのも掲載しておく。何と演奏していたのは、J.W.ウィリアムスが率いるCHI-TOWNS HUSLERS、もちろんギターは、我らが菊田俊介で、彼らのインタビューにも答えているところもある。
B.B.KINGが、9月16日で83歳の誕生日を迎えたそうだ。
About Blues Com参照。 ![]() いやー、世界一忙しく元気な83歳だと思う。 この調子でもっともっとブルースを歌い、弾くブルース・ジャイアントとして君臨していて欲しいものだ。 ついぞ、B.B.のTHE B.B.KING BLUES MUSEUMのグランド・オープンの事を書いたばかりで、時を合わせたかのように誕生日を迎えたB.B.。。。 いつまでも元気で頑張って、ブルース界を盛り上げて行って欲しいものである。 Everyday I Have The Blues /w Shemekia Copeland 以下、内容を引用しておこう。 The Blues Foundation is Accepting Donations for Koko's Band As many of you know, The Blues Machine, Koko Taylor’s band, was involved in a serious van accident near Black River Falls, Wisconsin early morning on Saturday, August 23. Some remain in the hospital and it will be awhile before they are able to return to performing. アメリカの保険制度は、日本と違い、保険に入ってないことは論外で、保険に入っていてもまず入院費全部を本人が全額支払わなければならない。また、保険加入者であってもなかなか保険が下りないシステム(早い話が出し渋り)のようになっていて、交通事故等に関わらず、その支払いができないために自己破産したりするケースが非常に多いと聞く。これは何もミュージシャンに限った事ではなく一般的なケースでもそういう事が多いと聞く。また、その額もハンパではなく大きいそうなのだ。ICUに1日入っただけで2万ドルとか、一般病棟に移ったとしてもその入院費用たるや日数にもよるが、何十万ドルにもなったりするとの事なのである。 そうした事もあって、今回の事故に関してもブルースの世界でも歴史も古く、権威のあるBlues Foundationがその救済に乗り出したと言う事のようだ。 まぁ、僕のバディである菊田俊介の場合は、大怪我には違いなかったのだが、幸いしてにメンバーの中では一番軽症だと言うこと(それでも、左眼の周りの4ケ所骨折及び右大腿部全脱臼)で、現在はすでにシカゴの自宅で療養しており、保険の方も信頼のおける保険会社で、そうした入院代の心配もないと言う本人からの連絡もあり、ほっとしているところではある。 メンバーの中でも、もっとも重症だったのが同じくギター&ボーカルのヴィノ・ロウデンで、彼の場合、内臓損傷により、一時はあわや腎臓を摘出かという場面もあったらしいし、両足骨折も含め、正に瀕死の状態であったそうだ。一時は、Brain Death(いわゆる脳死)状態と医師からも言われ、僕も本当に気をもんだものだが、それでもかろうじて生還したもようで、一安心した。 その辺のことは、菊田俊介のブルース・ダイアリーに出ている。また、菊田俊介による一連のこの事故に関する話は、同じくブルース・ダイアリーの事故日記を下から順に読んで頂けると、その一部始終がお分かりになると思う。ココとその娘のクッキーは、別の交通手段を取っており、その事故をまぬがれた訳ではあるが、何せ彼女のツァー・バンドである、Her Blues Machineの全員が負傷すると言う痛ましい事故であったのは確かな訳で、全員の一日も早い回復を祈って、元気なステージを見せてくれる事を心から願ってやまない。 ※なお、普通はこのツァー・メンバーのベーシストとして活動しているメルヴィン・スミスは、この時ルーリー・ベルのバンド・メンバーとしてブラジルに行っていたので、難を逃れている。 【追記】このSubjectの情報入手は、カレン・ハンソンさんのブログCHICAGO BLUES TODAYに依った。 ![]() 今年の8月に、ONE KIND FAVORを出したばかりのB.B.KINGだが、そのサウンドは自分の好きなブルースの名曲の数々をカバーしたもので、50年代を彷彿とさせるサウンドに仕上がっており、僕も大好きなアルバムである。ここでサンプル音源を聴いて頂くとすぐにそれと分かってもらえると思うが、ネイザン・イーストのベースはアップライトを使い、ジム・ケルトナーのドラムス、ドクター・ジョンのピアノも至ってシンプルな音作りがなされている。 もっとも、この湖を眺めながらルシールを肩から下げている姿は、某SNSでも、とても立てる訳がないとか、いや立っているのは本当だとか、諸説ふんぷんではあるが、いずれにしろB.B.は今年82歳という高齢にも関わらず、なおも現役を務めている事自体が素晴らしい。ミシシッピはインディアノーラと言う綿花畑のプランテーションに生を受けたB.B.は、今年9月13日(アメリカ時間)、そのインディアノーラに自分自身のミュージアムである、B.B.KING MUSEUMをグランドオープンさせた。 確かにクリントン時代にホワイトハウスで演奏したり、グラミーなどは取り尽くした感のあるB.B.は遠い存在に見えてしまうかも知れない。また、ここまで来たブルースマンってのは、B.B.以外に現れそうもない遠い存在に思えてしまうが、今年のシカゴ・ブルース・フェスティバルに何と20年ぶりに登場したB.B.は、色んなニュースや映像などを見ても、とても奢った風でもなく、ファンを大切にしたB.B.の姿が映し出されていた。 82歳にして現役、このカッコ良さは何なんだろう。この写真一枚を見ても溢れ出るブルース魂が溢れ出ているのを禁じ得ない。 ![]() 反面、また自宅(?)からパソコンの画面を見ているB.B.も、あどけなく可愛らしいものだ。 ![]() そんなB.B.ではあるが、2000年ぐらいだったか、持病の糖尿病から来る足腰の不具合から、もうワールド・ツァーをやめて、アメリカ本土だけのツァーにすると宣言した事があった。 それでも、年間100以上のライブをこなしているのではないだろうか。聞くところによると、B.B.ライブ・ツァーを取り巻く人員と言うか、スタッフは全員会社組織のようになっているそうだ。そんな大所帯になっているから、日本へ招聘しようにもその金額たるやハンパではないそうだ。そうなると、B.B.に会いたいと思えば、残念だがアメリカに渡って見る以外に道はなさそうだ。 そんな事を夢に見ながら、2001年に邦訳で出版されただから私はブルースを歌う-B.B.KING自叙伝を読み直して、B.B.の足跡をもう一度辿って、思いを馳せるしかなさそうだ。 まぁ、この本は自伝とは言っても、David Ritzというジャーナリストが、B.B.のツァーに全面同行して、B.B.から聞き書きしたものである。しかし、聞き書きとは言ってもB.B.の回想記と言ってもよく、例えば初体験は6歳だったとか、世界中で作った子供の数が凄い多いとか、その逸話を読むだけでもとても面白く、ぜひご一読をおすすめしておきたい。 ![]() 最後に、B.B.の最近の映像と、1989年のJapan Blues Carnivalでの映像を掲載しておこう。 特に、後者の映像は僕自身にとっても行けてたらなぁ〜と言う思いが強かったので見ていて残念に思われて仕方がない。B.B.のギター・スタイルのことをよく『B.B.KINGは顔で弾く』とたとえられるが、それを如実に表わしている映像で素晴らしいの一言である。 ★The Thrill Is Gone ★I've Got A Mind To Give Up Livin'(Inst.)
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